町田市立国際版画美術館(東京都町田市2016/07)

~車椅子でゆっくり鑑賞できます、芹ヶ谷公園の入口にある静かな公共美術館~

 

緑深く、とても静かな環境にある版画の専門美術館です。障害者手帳の提示で無料になる駐車場はすぐ横。建物入口はスロープ対応。館内は2F構造ですがエレベーターありのフラット床面。車椅子で快適に利用、鑑賞ができる美術館です。障害者用トイレは1F、展示室は2Fになります。

 

常設展示室は無料。広重ほかの浮世絵版画や棟方志向、池田万寿夫などの版画作品、ヨーロッパで製作された古い版画作品などが展示されています。

A4サイズ程度の小さな版画作品が多く、それが壁面に横並びでズラッと展示されています。作品が展示されている高さは150cm程度の場所。日本人の平均的な身長の人が見やすい高さです。車椅子からではやや見上げる角度になりますが、それほど見難くはありません。十分に車椅子から鑑賞できる高さです。

今回訪問時はすいていました。すいている限り、車椅子での鑑賞に大きな問題はありません。

 

企画展は有料。鑑賞料金は企画展によりますが、障害者手帳の提示で本人と介助者1名が半額に減免されます。今回の訪問時は、二つある展示室でそれぞれの企画展を開催。二本立てで正規料金が800円でした。どちらの展示室もバリアフリー。車椅子での鑑賞に問題はありません。

 

1F入口部には喫茶店が入店。お茶が楽しめます。

1Fの奥には「ハイビジョンギャラリー」があり、所蔵作品を「浮世絵」などジャンル指定をしてハイビジョン映像で鑑賞できます。利用は無料。小さな部屋にビジョンと椅子が置いてあり、自由に利用するコーナーなので、車椅子でも適当に自分のスペースをつくって、ハイビジョンで作品を鑑賞することが出来ます。

ここも空いていました。貸し切りです。車椅子での鑑賞に何の問題もありませんでした。

町田市立国際版画美術館

芹ヶ谷公園という大きな公園の入口に建つ美術館です。公園全体はきついアップダウンがあるので、全域を車椅子で周るのは辛い公園ですが、美術館の近くの湧水ゾーンくらいまでは車椅子で容易に散歩ができます。美術とともに緑の鑑賞を楽しみましょう。

 

アクセスは町田駅から徒歩15分程度という案内になっていますが、この美術館がある場所は町田駅からくると崖の下。ものすごい下り道を進みます。公園内を突っ切るルートもありますが、こちらも半端な道ではありません。車、タクシーでのお出かけをお薦めします。

 

第一駐車場は土日有料ですが、障害者手帳で無料に減免。第一駐車場は狭いので満車の場合もあります。少し離れた第二駐車場は土日も無料です。

 

1987年の開館。バブル期前の企画です。おそらく開館以来、大幅なバリアフリー改修は行われていませんが、部分改修は十分で、全館車椅子での利用は可能です。

 

静かでゆっくりした時が流れる美術館です。世界でも珍しい版画専門美術館。企画展をチェックして、お出かけください。

ハンセン病資料館(東京都東村山市2016/08)

~偏見と差別の歴史と現実が学べます、駐車場完備、全館バリアフリーな資料館~

 

多磨全生園の一角に建つ「国立ハンセン病資料館」。全生園の門とは別に、資料館専用の出入り口があります。

 

資料館の前庭周辺が駐車場。障害者用駐車区画は、建物入口の横に屋根付き設置。

資料館全館がバリアフリー。車椅子での見学に大きな問題はありません。

障害者用トイレは、1Fと2Fに各2戸配置されています。

ハンセン病資料館

入館無料の資料館です。館内に入ると受付があり、簡単な記帳をするルールです。記帳を済ますと、資料館の案内など各種のパンフレット類をいただけます。

 

資料館は2階建てで、1Fはロビーやギャラリー、映像ホール、研修室など。2Fが展示室と図書室です。エレベーターは2基設置。車椅子での上下移動に問題はありません。

 

先ずは1Fロビー内の展示から。

最初の展示は「国立ハンセン病資料館の歩み」。設立準備段階の資料、現資料館のジオラマなどが展示されています。ここをみれば、どういう経緯でこの資料館が誕生したのかがよく解ります。もちろん、一つ一つが重い歴史の積み重ねです。

 

その先には「導入展示」と題されたゾーンがあり、実際に療養所で使われた「消防団服」「ホース車」「映写機」などが展示されています。これらの展示は、生涯療養所から出ることができない入居者の、生活の在り方を象徴するものとして展示されているそうです。

 

さて、2Fの展示室です。常設展示室は3つ。第一展示室のテーマは「歴史」。古代から現代までの日本におけるハンセン病の歴史を、通史的に展示しています。

 

第二展示室のテーマは「療養所」。強制収容、療養所の生活実態、断種中絶、学校などの実態の展示です。元患者の証言が繰り返しビデオ放映されています。

 

第三展示室のテーマは「生き抜いた証」。病気の正体が解り、治療薬が出来て、差別偏見と戦いが始まる。そして現在のハンセン病の状況などの展示です。

 

ここまでの全ての展示は、車椅子からの見学が可能です。展示室内には、車椅子で通行不能なバリア箇所はありません。

 

らい予防法が廃止されたのが1996年。その3年前の1993年に、資料館の前身である「高松宮記念ハンセン病資料館」がこの地に誕生。

らい予防法違憲国家賠償請求訴訟で、国が控訴を断念して原告勝訴が確定したのが2001年。

資料館は2005年から約2年間増築改修工事を行い、「国立ハンセン病資料館」として現在の姿で開館したのが2007年です。

「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」が施行されたのが2009年。その第18条に「国立のハンセン病資料館の設置」がうたわれています。法律の制定・施行よりも、設置が先行した資料館です。

 

公表されているデータで、2015年5月1日現在、全国のハンセン病療養所に入所している人が1,725名。ここ多磨全生園には、213名が入所しています。

 

ハンセン病は昔の問題ではなく現在の問題です。現在でも世界では、アフリカ、インド、南米などで、多くの患者が発症し、適切な治療を求めているそうです。

 

この病気の問題について、意識が高く、ある程度の事前知識をもつ人にこそお薦めの資料館です。知識の無い人は、少し予習をしてからお出かけすることをお薦めします。

 

電車の駅からのアクセスは不便。車椅子利用の人は車、タクシーの利用が便利です。

 

バリアフリー面の問題はありません。安心して車椅子で来館ください。

清瀬市郷土博物館(東京都清瀬市2016/08)

~開館30年が経ち古さが目立ちます、郷土博物館開設ブーム時代に誕生した市立施設~

 

東京多摩地区の多くの市には、市立の郷土博物館があります。「清瀬市郷土博物館」は1985年の開館。多摩地区の郷土博物館のなかでは、初期に誕生した施設です。

 

昭和の施設ですが、最低限のバリアフリーは確保。車椅子での利用は、快適とはいえませんが、何とかなります。入館無料、駐車場も無料です。

 

1987年には「東京建築賞最優秀賞」を受賞。企画としても、設計としても、当時としては先駆的な取り組みが評価されました。おそらく開館以後、大規模な改修は行われていません。それでもスロープ対応などのバリアフリー改修は行われています。

 

駐車場は2か所で各10台ほど。駐車場からして、現在のバリアフリー水準ではありませんが、車椅子利用でもなんとかなります。

 

建物は2階建てで、常設展は1F。2Fは企画展などが開催されるときだけ、利用されているようです。エレベーターはあるので、車椅子での2F利用も可能です。

 

1Fの常設展のご紹介です。「歴史展示室」は、古代からの清瀬の歴史を通史的に解説。武蔵野台地の成り立ち、出土した土器や発掘された遺跡などの展示。近代になってからの学校建設の変遷など。50坪ほどのワンルーム展示で、車椅子での見学に大きな問題はありません。

 

「民俗展示室」は、江戸後期から明治、大正時代にかけて、純農村地域であった清瀬の農家の生活具の展示。籠や大八車、鍬や鋤などの農工具。釜戸や鍋などの調理器具。蓑や傘などの生活道具などが展示されています。こちらも40坪ほどのワンルーム展示で、車椅子での見学に大きな問題はありません。

 

エントランスホールを利用して設置されているのは「インフォメーションセンター」。市の広報誌や各種パンフレットが置かれ、モニターで10種類ほどの清瀬を紹介する映像コンテンツをみることが出来ます。

パソコンがあり、「清瀬市郷土博物館」のデータベースにアクセス。古民家探索などのゲーム的なメニューも用意されています。このゾーンも、車椅子での利用に大きな問題はありませんが、いずれのコンテンツもかなり古いので、そのおつもりでご利用ください。

清瀬市郷土博物館

車椅子では利用が辛いのは「伝承スタジオ」。屋外離れに設けられた、古民家的な内装の施設で、染織体験、餅つき体験など、郷土の伝統的な作業の体験を行う企画用の施設です。

 

企画がない時でも自由に出入りができ、古道具類などを鑑賞できるのですが、メイン棟から離れの「伝承スタジオ」へ出入りするドアが手動で、しかも「ドアが重いのでご注意ください」という張り紙がある曲者ドア。介助者がいないと開閉が難しいドアです。

今回は車椅子をみた博物館スタッフが、ドアを開閉してくれました。

 

全体的に古くくたびれた施設です。1Fの障害者用トイレも古風。もちろん実用には耐えますが、今どきの設備を期待しないでください。

 

東京の多摩地区は戦後ベットタウンとして発展。昭和の頃は多くの住民は“移民”で清瀬の根っからの“清瀬っこ”は少数派だったのでしょうが、もはやベットタウン“移民”の住民は孫の世代。3代続けて清瀬市民というご家族も多いようです。

 

多摩地区の郷土博物館も、今改めてその役割が期待されているのでないでしょうか。

今回は夏休み時期の訪問でしたが、自由研究を目的に来館している子供の姿は全くなし。

もう一度地元の人にも興味を持ってもらえる博物館へと、リニューアルしていただきたいタイミング。

その際には、もう一段のバリアフリー改修も、ぜひお願いします。