障害のある子のトイレの練習

人間だれでも、オムツ時代からトイレトレーニングを積んで、失敗を何度も重ねながら、一人前になります。障害のある子の場合も同じです。

ちょっと普通の子どもより時間がかかり、失敗も多いかもしれませんが、トレーニングを積んで、脱オムツに成功できる子は大勢います。

障害のある子のトイレの練習

体幹がある程度しっかりしていて、便座に座ることが出来る子なら、問題なくトレーニングに挑戦できます。歩けなくても、座ることが出来れば大丈夫です。

 

トイレでの座位を一定時間保つために、手すりなどの設備が必要であれば、ぜひ自宅のトイレを改修しましょう。行政に相談すると、改修費用の助成が認められることもあります。担当課に遠慮せずに相談してください。

周囲に悩んでいる方がいたら、積極的なトレーニングと行政への相談をお薦めください。

 

ただし、トレーニングでの失敗が多いのは覚悟。トレーニングのやり方、方法は普通のお子さんと同じです。それを5歳で初めて頑張る子、10歳でやっと出来た子など、時間がかかるケースが多いのです。障害のある子の家族は、トイレトレーニングとマサカの失敗に長期間悩んでいるとご理解ください。

 

基本は時間を決めてのトレーニングです。起きている間は、2時間に一回トイレに行って座る、こういう訓練です。

小学生年代になった子どもに、なかなか出来なくてもずっと訓練を続ける状況をご想像ください。根競べです。家族が負けたら一生オムツ、負けられません。

 

外出時も頑張ります。

事前に障害者用トイレの在り場所を調査しておいて行動の予定を組み、外出の間も定期的にトイレに連れて行き、排泄を促します。障害のある子のいる家族は、行き当たりばったりの外出はできません。

 

寝るときです。

ある程度出来るようになったら、オムツを外します。賭けです。ほとんどの場合、何度も何度も失敗します。何年間も失敗します。泣きたくなる気持ちを抑えて、障害のある子の家族は、オシッコ地獄に耐えて頑張ります。

障害のある子のトイレの練習

さて「大」です。このトレーニングは難しい。本人が意味を理解するとともに、力む感覚を身につけてくれないと、出来るようになりません。長期戦です。ただ、これが出来るようになってくれると、本当に助かります。

本人にとっても、例えば将来的に施設に入所するとしても、「大」がトイレで出来るか否かは運命の分かれ道といっていいでしょう。

 

大げさにいえば、トイレに行きたいことがなんらかの手段で介助者に告げられて、介助が必要であってもトイレで用が足せるか否かで、人間としてどのレベルで扱われるかどうかの違いになります。

そういう懸命の想いで、トイレで出来る可能性がありそうな障害のある子どもの家族は、超長期のトイレトレーニングに取り組んでいます。

食べ過ぎなのに、喜んでしまう家族

作ったお料理を、子どもが美味しそうにパクパク食べる。多くの家族にとって、幸せなひと時です。それでも食べ過ぎはいけません。常識の範囲内での“パクパク”でなければなりません。ところが実例として、実は何人も、障害のあるお子さんに、常識を超えた量の食事をさせて、喜んでそのことを話す家族を知っています。

 

「今日は珍しく、おにぎりを5個も食べた、よかった」。こんな感じです。脳性麻痺で身体障害のある5歳のお子さんです。体は弱く、咀嚼能力も高くありません。運動はほとんどできず、座位の確保も厳しいレベルの障害状況です。普通食に挑戦するのはいいのですが、欲しがったからといって、おにぎり5個は危険です。誤嚥、消化不良、カロリー過多などが心配されます。

食べ過ぎなのに、喜んでしまう家族

自閉傾向があり多動が目立つ小4男子のお子さんです。突然嘔吐することがあります。かなりの頻度でそういうシーンを見かけます。あまり運度は得意ではなく、体格は小4として標準くらいの男子です。どうもこのお子さん、底なしに食べるようなのです。「今日は焼きそば3人前を全部食べた」。こんな話が家族から出ます。あるだけすべて食べてしまうようです。

 

知的能力に問題のある家族の方ではありません。例にあげたお二人は、むしろ高学歴でクレバーなタイプです。ただ、こと子どもの食事については、なぜかハチャメチャな判断になるのです。こんなに食べた、と無茶なことを言っていても、それを嬉しそうに言われると、親しい仲でも注意はし難いですね。なんとなくあいまいな返事をして、お茶を濁してしまいます。

食べ過ぎなのに、喜んでしまう家族

食べ過ぎなのに、喜んでしまう家族。確かにいます。子どもが喜んで食べる姿、夢中で食べる様子をみると、嬉しくなってしまうのでしょうね。それで常識がすっ飛んでしまう、そういう理解しか出来ません。実は何かもっと違う、人間の本能的なものが支配していることなのかもしれませんが。

 

自分で食欲をコントロールすることが出来ない子どもには、家族が代わりになって食欲を管理するようにしましょう。バランスの良い食事を、適量いただく、これが基本です。医療的にはSTの領域です。専門家の指導を受けながら、正しい食事が出来るようにしましょう。

 

皆さんの周りにもいませんか、暴食家族。他人が注意し難いテーマですが、専門家の指導を促すなど、上手に考え方が変わるような示唆をしてあげたいと思います。

障害のある子どもの親になるとき

人生における最大級の不幸を思うその瞬間は、ある時訪れます。

 

先天性の障害なら、最近話題の出生前検診である程度の確度で解る場合、出生時の身体的な状況等により解る場合、1歳児検診くらいまでの身体的な発育発達の状態で解る場合、3歳以後に主に言語や学習能力などの面から解る場合、などがあるでしょう。

 

出生後に、大病や事故により障害が伴うケースもあります。障害といってもこれも千差万別。一般には身体、知能、コミュニケーションなどに分類されますが、一人ひとりすべて状況は違います。成長に伴う状況の変化もあります。

 

ほとんどの方にとって、知らない世界の扉を開ける瞬間でもあります。予備知識のある方は稀。この時点で、今後の人生をポジティブに考えられる人はまずいません。不安、心配、よくわからない恐怖感などに苛まされます。

 

その一方で多くの賢明な方は、自らの理性や知性をフルに動員し、状況を正しく認識して最善の行動を模索し始めます。情報のネットワークを広げ、障害に対する専門的な知識の拡充、障害児への医療福祉の手段方法、行政の支援内容、地域での支援コミュニティの調査など、知らなかった世界に飛び出していきます。

 

ここから人間力が問われます。哲学の道です。障害児の状況、近親者の人間性がすべて個々別々ですから、一般論でいえる正解はありません。その時点で最善と考えた毎日を積み上げていくだけです。

 

事実としてあるのは、ほとんどの先人、先輩は、長い年月の積み重ねの末「この子がいてよかった」という結論に達していることです。案ずるより産むが易き、というわけにはいかなかった家族ですが、この先を案じるか否かは、その人次第です。

 

健常と障害の境はあいまいです。どんな子どもでも、等しく苦労があります。そういう真理を認めながらも、やはり子どもに、家族に、障害があるという現実は、実に大変なことです。

障害のある子どもの親になるとき

障害者福祉にも様々なものがありますが「一般社団法人 生きるちから舎」では、障害のある家族と生活している家族が実際に行ったこと、使用したサービスや用具、困ったこと、役立ったこと、などの情報を発信します。

 

想定している情報利用者は、障害の世界について経験が少ない人です。たった今障害児の親になった人、すなわち予備知識が少なく、これから障害のある家族との、新しい世界の扉を開けていく人も対象です。

 

解り易く楽しい情報の提供を目指します。親が要介護になった方にも役立つ情報も発信します。また、これから福祉の道を目指す方の参考になる情報も発信します。

 

経験豊富なベテラン家族による、実例実用に基づく情報を提供します。多くの方の、お役に立てれば幸いです。