虎ノ門金刀比羅宮(東京都港区2015/09)

金刀比羅宮

~琴平タワー完成から10年、もはや違和感が全くなくなった都心のビル一体型神社~

 

ヒルズの誕生で注目の街、虎ノ門。官公庁の街、法律事務所の街。日本でパワーエリートがもっとも集まっているエリアかもしれません。

 

その一角の一等地にある「金刀比羅宮」。読み方は「コトヒラグウ」です。桜田通りから見た場合、26階建ての琴平タワーの横に鳥居があり、近代的な印象を受ける参道を進むと左手に社殿があります。この地に1679年から鎮座するお宮です。

 

琴平タワーが竣工して現在の姿になったのが2004年。当初、高層インテリジェントビルとお宮さんの組合せに違和感を覚えたものですが、今やすっかり慣れてしまいました。

ただ、始めて見る人にとってはどうでしょうか。こういう光景は、おそらく他にありません。

現在の社殿は、戦時中に焼失した本殿を1951年に再建したもの。実際には50年ほどの隔たりしかない、20世紀と21世紀の建築物です。

 

ビル一体型神社ですから基本はバリアフリー。玉砂利などはありません。

ただし残念ながら、参拝所の最後のところは4段ほどの階段で、車椅子での参拝はできません。車椅子ユーザーは、階段の下からの参拝になります。

このあたり、最新のバリアフリーを取り入れた日本橋の「福徳神社」に比べると、やや見劣りするバリアフリー事情です。

 

社殿は旧建築のままですが、社殿以外はオールニュー。社務所は琴平タワーの1階の一部。手水舎や神楽殿は2004年の新築物件です。したがって完全なるビル一体のデザインと構造。ピカピカの印象は10年経っても変わりません。

 

琴平タワーになる前の金刀比羅宮を覚えているでしょうか。10年経つと記憶が薄らぎますが、琴平タワーの前に建っていたビルが「琴平会館ビル」でした。この旧ビルは1965年の竣工。2000年の頃は、お宮の横に古いオフィスビルがあるという印象でした。

当時は、それほど「金刀比羅宮」と「琴平会館ビル」の繋がりについて、感じさせるものがなかった気がします。名前に共通点があるな、この程度の印象しかありませんでした。

 

今にして思うと、東京オリンピックの翌年の1965年の時点で、神社の土地に賃貸オフィスを建設して収入を得る事業を始めているわけです。金刀比羅宮の商売の才覚と、その当時からオフィス需要が強かった虎ノ門の特性に気づかされます。1965年時点では、先進的な土地活用事例であったことでしょう。

 

改めて2004年の琴平タワー再開発のポイントを整理します。

開発の主導は三井不動産。投資の負担から事業企画、開業後のリーシング業務まで、すべてを主幹しています。

 

再開発手法の目玉は「総合設計制度」の活用。金刀比羅宮の社殿をそのまま残すことで発生する余剰容積を活用してタワーに。

タワーのデザイン上の特徴はアルミカーテンウォールの採用。これによって和風建築のテイストを醸し出して、金刀比羅宮と一体化した建築デザイン上の連続性を狙っています。

 

10年経過した今現在、そういう目で見てどうでしょうか。当初は全く“連続性”など感じられず、違和感ばかりがありましたが、今では慣れてしまったせいか“こんなもの”という印象です。

ただ、それほど高層インテリジェントビルとお宮さんがマッチしているとは、いまだに思えません。似合わない組み合わせに、目が慣れただけだと思います。

 

17世紀に鎮座した場所が、たまたま20世紀には“虎ノ門”になっていた。21世紀には更に土地活用の商業的な技術が進んでしまった。その結果、客観的に見れば、不自然な空間が生まれた。そういう場所です。

 

目が慣れてしまった人には刺激が無い光景ですが、そうではない人には強烈な違和感のあるお宮さんです。まだ見たことの無い人は、ぜひ先入観を捨ててお参り下さい。

 

車椅子参拝でも、十分に違和感を楽しめると思います。